聖なる黒夜〈上〉 (角川文庫)
聖なる黒夜〈下〉 (角川文庫)
デビュー作のRIKOシリーズ等、刑事物ミステリ作家の柴田よしきの作品。
この作品もカテゴリはミステリ(一般小説)。
2002年に総頁676(しかも二段組み)という脅威のボリュームでハードカバー版が発売され、2006年には上下巻の文庫版が出ています。
文庫版は上下巻にそれぞれ一編づつ番外編の短編が収録されています。
そのせいか文庫も厚い。
新宿界隈を仕切る指定暴力団春日組の大物幹部・韮崎がホテルで何者かに殺害される。
捜査一課の麻生は韮崎事件の担当になるが、犯人の目星は全くつかない。
韮崎の周辺を捜査する内、同僚の及川から韮崎の愛人の一人・山内を紹介されるが、麻生と山内には深い因縁があって――
というお話。
大物の韮崎が殺害され、新宿界隈は俄に慌ただしくなります。
韮崎が殺されたことで組同士の抗争がいつ勃発してもおかしくない中、麻生は自分のやり方で丁寧に犯人を追いつめていきます。
韮崎の複数の愛人達、韮崎に大切な人を殺された人々、捜査本部の面々、たくさんの登場人物の浅からぬ関係が複雑に絡み合い、麻生班の捜査がその糸を一本一本解いていくような展開に、最後まで惹きつけられました。
あまりに登場人物が多いので、「あれこの人誰だっけ?」という事も(私の記憶力のせいで)多々あって、ただでさえ長い本編を何度も戻ったり進んだりしながら読みました。
とても厚い本なので毎晩少しづつ読み進めようと思っていたのですが、先が知りたい気持ちが強くてほぼ貫徹して読み切りました。
読み切って満足です。
麻生は”石橋の龍”とあだ名される程の慎重派で、完全に証拠を固めてから犯人を起訴してきました。
それが麻生の刑事としてのやり方であり、アイデンティティでした。
しかし、韮崎事件の重要人物である山内は、そんな麻生のアイデンティティを足下からすくってしまう存在でした。
闇世界の住人達がたくさん登場するこの作品、一筋縄ではいかない人間関係、常識的では考えられない人間関係がたくさん出てきます。
時にすごく残酷だったり、重かったり、引いたりするような描写も多々あります。
中でも麻生と山内の関係はとても重い。
山内は麻生が十年前に婦女暴行で逮捕した青年でした。
目撃証言も状況証拠も揃っている事件で、麻生は山内が犯人だと確信した上で逮捕したのです。
しかし、それがもし冤罪だったら…。
山内は裁判で実刑を受け刑務所に入り、社会のどん底まで墜ちた夜にヤクザの韮崎に命を拾われました。
韮崎の元で頭角を現した山内は、十年前とは別人のように変わっていました。
麻生は、慎重と自負していた自分の(不可抗力とはいえ)誤認逮捕のせいで、一人の人生が狂った様を目前につきつけられた訳です。
アイデンティティを足下から崩す山内という存在に、麻生がどう向き合うことにしたのか。
最後に麻生は山内に結論を示すのですが、それでも麻生と山内の未来は底なしの闇で光明は見えないのです。
何でこんな複雑な人間関係に追い込まれるのか。
麻生の立場になった時、そして山内の立場になった時、人はどうすれば最良といえるのか考えされられた作品でした。
(山内は作中でかなり悪どい事をしているのですが、それでも彼が十年前にかぶった災難は気の毒だと思ってしまいます…)
で、続きはちょっと不純な感想なので、たたみます。(まっとうに本作を読まれた方はスルーしてください)